過労死裁判報告

2010年09月15日

1 ある男性の死亡

平成15年6月19日午前10時頃,42歳の男性が出張先のビジネスホテルのベッドで亡くなった状態で発見されました。

その男性は,妻と子と3人で幸せな家庭を築いておりました。

ただ,その男性の生活には一つ問題がありました。

それは男性の業務内容がとても過酷であったという点です。

2 妻の奮闘

  1.  男性の遺族である妻は,夫が過重な仕事によって過労死したものであるとして,平成15年9月,福岡労働基準監督署署長に対し,労働者災害補償保険法により認められる遺族補償年金及び葬祭料の支給を申請しました。

     しかし,同署長は,平成16年10月,今回の死亡は業務によるものではないとして,遺族補償年金及び葬祭料の支給をしない旨の処分をしました。

  2.  これに対し,妻は,平成16年10月,その処分を不服として審査請求をしましたが,平成17年3月審査請求を認めない旨の決定が出され,その後,平成17年4月,再審査請求をしましたが,平成20年5月,再審査請求を認めない旨の決定が出されました。

  3.  そこで,妻は,平成20年11月,最後の手段として,業務外の行政処分の取消を求めて,国を相手とする訴訟を起こしたのです。

その時点で夫を亡くして実に5年以上の年月が経過していました。

3 男性の業務内容

(1) 業務概要

ところで,男性は,亡くなった当時,大手製薬会社で勤務しておりました。

業務内容は九州一円の取引先を回って販売促進活動をするというものです。

具体的には,火曜日から金曜日までは九州一円の各店舗を一人で自動車を運転して回って販売促進活動を行い,業務終了後は店舗近くのビジネスホテルに宿泊し,土,日は休日で,月曜日は本社にて報告をし,会議に出席するという業務でした。

(2) 走行距離,高速運転

また,九州各県の店舗を回ることから,1日の自動車による走行距離が700kmを超える日もありました。なお,1日の平均運転距離は200kmでした。

車を運転することは狭い車内に閉じ込められるため,それだけで相当の精神的・肉体的負担がある上,特に高速道路を利用する場合は,より大きな精神的・肉体的なストレスがかかることは自動車を運転したことがある人なら誰でもお分かりと思います。

(3) 時間外労働 そして,労基署が認定した時間外労働時間は死亡直前1ヶ月間が70時間,発症前2ヶ月から発症前6ヶ月までの平均時間外労働時間は50時間でした。

(4) 出張 また,先に述べたとおり,週の半分以上を出張先のホテルにて過ごすため,自宅でゆっくり休むことができません。

そのため,長距離運転,高速運転,長時間労働により生じた身体的・精神的ストレスが蓄積するばかりで,これが解消されることはありませんでした。

(5) 男性は高血圧の基礎疾患はあったものの,これまで何らの業務軽減措置を受けることなく普通に仕事をしてきたのに,突然,脳内出血で亡くなりました。

そのことに加え,男性が従事していた上記の業務内容に照らせば,男性が過重な業務によって亡くなったことは間違いありません。

そうすると,なぜ行政は労災申請,審査請求,再審査請求の3度に亘って過労死であると認めなかったのか?という疑問が生じてきます。

まさに過労死の行政認定基準に関わる問題です。

4 行政基準

行政の過労死に関する基準として,「発症1ヶ月前100時間又は発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月あたりおおむね80時間」を超える場合に業務と発症との関連性が強い,というものがあります。

今回,国は,上の基準に沿って判断して,男性の死亡を業務によるものではないとしたのです。

すなわち,行政は,大きくわけると,?直前一ヶ月間が70時間で,発症2ヶ月から発症前6ヶ月の平均時間外労働時間は50時間であり,それぞれ30時間を下回っていること,?男性が高血圧であった,という2点です。

極めて,基準に沿った形式的な判断であり,実質的な判断を回避したのです。

5 裁判所の判断

(1) 平成22年2月17日,福岡地方裁判所第5民事部は,男性の死亡は業務によるものであるとして,福岡労働基準監督署長がした遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す判決をしました。

男性が亡くなって実に6年以上の年月が経過した後の勝訴判決です。

(2) 裁判所は概要以下のとおり述べました。

本件が業務上の災害か否かの基準について,「脳血管疾患発症の基礎となり得る素因又は疾病を有していた労働者が,脳血管疾患を発症する場合」,「業 務による過重な負荷が上記素因等を自然の経過を超えて増悪させ,疾病を発症させたと認められる場合には,その増悪は当該業務に内在する危険が現実化したも のとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。」としました。

そして,男性の労働時間について,妻の供述を詳細に検討し,土・日の残業を認定した上,「男性の業務は,労働時間の点だけでみても,精神的・肉体的に負荷の大きいものであったといえる。」としました。

さらに,「一般に,出張業務,特に遠方への出張は,長距離・長時間の移動を伴うため拘束時間も長く,特に,自ら自動車を運転して高速道路等を走行す る場合には,相当程度の精神的緊張を強いられるものであり,また,宿泊を伴う出張業務の場合には,生活環境や生活リズムの変化等,自宅での就寝と比較して 疲労の回復が十分にできず,疲労が蓄積する可能性が高い。このことを踏まえて,男性に関する」業務内容を検討すると「男性の精神的・肉体的負荷は相当に大 きなものであったと言わざるを得ない」とも判断しました。

また,男性の高血圧の基礎疾患についても,「本件疾病当時,他に確たる発症因子がなくてもその自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに脳血管疾患を発症させる程度にまで増悪していたとみることは困難である」として,

「したがって,他に確たる発症因子が認められない本件において,本件疾病は,男性が従事していた業務の過重負荷が男性の有していた素因等を自然の経過を超えて増悪させた結果,発症したものと認めるのが相当である」と結論づけました。

6 最後に

今回の判決は現在の過労死に関する行政基準に沿って判断されていません。

そのことは,行政判断基準が,現在の裁判所における判断のレベルに到底追いついておらず,法的に大きく遅れた内容であることを意味します。

現在,行政認定基準という形式的な判断によって,過労死された方の遺族の請求が認められないまま,集結した事件も多数あると思います。

本件も,男性の遺族が途中で手続を進めることを諦めていたとすれば,今回の勝利判決はなかったのです。

私は,行政手続で3度も負けても,諦めることなく最後まで国を相手に闘い続けた遺族の思いが裁判所を動かしたのだと思います。

これからも一人でも多くの被災者及び被災者遺族を救済できるよう,労災問題に取り組んで行きたいと思います。

以上

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