2008年夏号 スウェーデンの生活保障制度を調査

2008年05月28日

事務所ニュース

北九州第一法律事務所では,季刊誌「HOKKYU」を年に2回発行しております。
ここでは,その中から抜粋した記事をご紹介いたします。 

学校庁での説明

2007年11月中旬に,日弁連生活保護問題緊急対策委員会の委員として,スウェーデンの生活保障制度の調査に参加しましたので,ご報告させていただいきます。調査は首都ストックホルムで3日間,中部のエステルスンド市(人工約6万人)で2日間行いました。

生活保障制度の中心は生活保護ではない

学校庁,労働組 合,長期政権を担っていた社会民主党なども訪れ,スウェーデンでの生活保障の中心は生活保護ではなく,それ以前のさまざまな手厚い労働政策・社会保険制度 であることを学びました。例えば,無償での充実した教育,団体協約によって職種別に保護された賃金,従来の所得の八割を保障する失業保険や労災保険,国民 保険(税方式)による医療や傷病手当,住宅手当などがあります。 このようにして,最低生活を保障するという以前に,「平均的生活」を誰もに保障しようとするのがスウェーデンの社会保障制度の特徴です。

生活保護制度

エステルスンド市の生活保護申請窓口

 ほかの手段によって生活が成り立だない場合に生活保護(「生計援助」)を受ける権利があるのですが,生活保護は生活保障の中心的な制度ではないに もかかわらず,人目の五%が利用しています。日本の五倍の利用率です。窓口で申請書すら渡さないなどということはなく,申請を受け付けた上で却下に不服が あればどんどん不服申立てをしてもらうのだそうです。
 また,短期間,生活保護を利用する場合には車をもっていても差し支えなく,長期間になりそ うな場合でも,就職活動などの必要性があれば三万二千クローネ(五十万円程度)までの価値の車は持つことが認められています。このようにして,生活保護が 利用しやすく,抜け出やすい制度となっているのです。
 生活保護を担当する職員はほとんどが大学で三年半以上福祉を学んだ社会福祉士で,生活保護 の利用が権利であることをよく認識しています。エステルスンド市では申請窓口も見学しましたが,明るい色調の室内にはソファがおかれ,絵が飾られ,自由に コーヒーが飲めるようになっているなど,来訪者に安心と親しみを感じさせる空間となっていました。

丁寧な対人援助(1)

 人間への信頼に基礎を置く社会復帰支援

コンパッセンの基本理念

 地方都市エステルスンドで,「コンパッセン」という社会復帰支援施設の見学を行うことができました。コンパッセンとは道を示すコンパスの意味で,エステルスンド市の判断で設けた施設だそうです。

 ここでは,デンマーク発祥の「結果教育法」を取り入れ,人間への信頼と尊敬を基礎にし,「人間は誰もが変わる可能性を秘めている」ということを前提に,本人に情報を与えて自分で考えさせることを重視しており,強制をしないのだといいます。
 コンパッセンにはカフエ,大工仕事の作業場や庭園があり,最初は短時間,徐々に長時間の職業訓練を行って,実際の職場での実習,就職へと移行します。生活保護などで生活が保障された上で安心してプログラムに取り組めるようになっています。
 日本でも生活保護における「自立支援プログラム」の必要性が叫ばれていますが,本当の意味の自立支援とは,利用者の主体性を尊重し,干渉や強制とならないよう,人手と時間をかけて丁寧に行われるのでなければならないことを実感しました。

丁寧な対人援助(2)

 ストックホルム市ホームレス課
 これだけ社会保障・社会福祉の充実したスウェーデンにも,ホームレスの人がいます。ただ,単に失業した場合はホームレスとはならず,薬物・アルコIル依存症や,精神障害などの問題を複合的に抱えた人がホームレスになる例が多いそうです。
 ストックホルム市ホームレス課の調査で驚いたことは,公務員が夜に街に出て行ってホームレスの人と接触し,長い時間,ときには五~六年もかけて信頼関係を築き,必要な治療機関につなぐなどの援助を行っていると聞いたことでした。
 このように,スウェーデンでは,対人援助にしっかりと税金が使われ,気の長い援助がなされています。人が人として大切にされていることのあらわれです。

徹底した教育の機会均等

 手厚い社会保 障・社会福祉には,当然,財源が必要です。スウェーデンで高負担を国民が受け入れている理由は,「自分も税金の恩恵を受けて育った」という認識を誰もが もっているからだそうです。子どもが生まれると,両親には一年半の「両親手当」(従前所得の八割が保障される休暇)が与えられます。父母のどちらがとって もよく,両親合わせて一年半ということです。訪問先で説明をしてくれたある女性は「私かここで今日皆さんに説明をしていられるのは,夫が両親休暇をとって くれているからです。」と話していました。
 また,安い保育料で義務教育前の「就学前教育」が受けられ,一~五歳児の七七%が保育園に通っていま す。義務教育と高等教育は無料です。成人になってからの高等学校や,大学も無料です。成人高校や大学に行っている間の生活費は,安い金利の教育ローンが借 りられるということで,社会人になってからのやり直しもしやすい制度になっています。

グローバリゼーションヘの対応

 スウェーデンもグローバリズムの影響を受けていますが,高いレベルの教育によって高い国際競争力を確保しているのだということでした。
 また,失業しても社会保障は国の責任できちんと行われ,再教育の制度も整っているため,労働者が失業を恐れず,新しい産業への再編成に協力していけるのだそうです。

最後に

 今まで述べてきた中に日本が学ぶべきヒントは多々ありましたが,スウェーデンで何よりも感じたことは,一人ひとりを人として大切にする社会だということです。まずはそこを出発点とする必要があると強く思いました。


提訴する原告のみなさん

本年の五月二十三日に,カネミ油症被害者がカネミ倉庫や代表者の相続人らを相手取って実に二十年ぶりに訴えを提起することになり,北九州第一法律事務所では吉野弁護士,田篭弁護士と私か参加することになりました。 カネミ事件とは,一丸六八年にカネミ倉庫が製造した食用米ぬか油を食べた約一万四千人が,米ぬか油に混入していたポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシン類等を体内に摂取することにより,様々な健康被害に遭った事件です。

今回の裁判 は,一丸八七年の訴訟終結までに油症認定を受けた認定患者らはカネカ等からの和解金を受領しているものの,その後に油症認定を受けた患者(新認定患者)に はカネミ倉庫から一時金として二十三万円か支払われただけで認定以前の医療費支払いすら拒否をされている状況を受けて,新認定患者の正当な権利確保のため に訴訟に及んだものです。

 白状すると, カネミ油症被害が発生したのが私の産まれる前のことだったこともあり,私は今回の裁判に参加をするまではカネミ油症事件のことを全く知りませんでした(筑 豊で生まれ育つだのに…)。が,今回の裁判に参加するにあたり事件を調べてみると,カネミ油症被害の大きさに驚くとともに,被害発生から四十年も時間が経 過しているにも関わらず,未だに救済が何もされていない被害者が多数存在していることに改めて驚かされました。油症の症状は多様で,事件発生から四十年以 上経過した今でも皮膚の発疹や色素沈着,めまいなどが患者を悩ましており,未だに有効な治療方法は確立されていない状況にあります。

 今回の訴訟で は,被害者が福岡や長崎,広島や東京と全国に多数いるためあちこちと出張をすることとなり,私は長崎へと行き,そこで被害者の方だちから話を聞くことがで きました。書面や記録で見ることのできる事件とは異なり,実際に事件の当事者である被害者の方だちから出てくる言葉からは本当に事件の深刻さの一部をかい ま見ることのできるものであり,今回の訴訟に参加した自分の責任の重大さを改めて認識させられるものでした。


 皆さんは高齢 者の方の足の爪をご覧になったことはあるでしょうか。老化により爪の厚みが増す「肥厚」という状態になりやすく,高齢者の平衡感覚を保つ機能を低下させて 転倒の一因となり,シーツや毛布に爪が引っかかって出血を引きおこすこともあります。高齢者の爪は,爪自癖や陥入爪などの爪の病変を抱えがちです。特に認 知症の方は,このような爪の状態に対処するために爪を切り,清潔性を保つなどの爪のケア(フットケア)を自分で行うことが困難です。したがって,入院中の 高齢者の場合,フットケアは看護師の行う看護行為として重要なもののひとつなのです。

 昨年六月,入 院中の高齢者のフットケアに何年も熱心に取り組んできた北九州市のある女性看護師が,突然,日々病院内で行っていたフットケアについて,勤務先の病院から 高齢者に対する虐待行為であると判断され,その後二件の行為について傷害罪で起訴されてしまいました。ストレス発散目的での行為であるとの内容でした。

 看護師は,今回の刑事裁判において,看護行為の一環として行ったフットケアである以上傷害行為にはあたらず,動機もない,そして違法性も当然にないことから,傷害罪について無罪を主張しています。現在は本格的な公判手続を前に,主張と証拠を整理する手続を行っています。

 弁護側は,国内のフットケアの第一人者である専門家の方々を鑑定証人として出廷していただき,裁判所に対し,高齢者のフットケアの実態を十分に説明できるような準備を進めています。

 高齢者に対す るフットケアは,一般的には医師,看護師の関心も薄く,なおざりにされてきた側面がある分野です。しかし,そのような分野であるからこそ,日々のフットケ アを実践する中で,フットケアに必要な経験を積まなければならないのであり,この看護師は,そのような経験をコツコツと積みあげてきた人物なのです。

 今回の裁判は,看護師一人の問題にとどまらず,全国の看護に携わる方々の看護への取り組み方にも大きな影響を及ぼすものであり,弁護団としてはそのような大きな意義を持つことを認識し,今後の弁護活動を進めていくことを考えています。

 皆様には,益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。 こ の度,3月15日に無罪判決,19日に検察庁の控訴断念を受け無罪が確定しました。この4日間は何としてでも無罪判決を確実なものとする為に子ども達と精 一杯悔いを残さないようにと諸所駆け回り,この想いを訴える為に必死でした。やっと心身共に束縛から解かれたという心境です。

 この3年9ヶ月濡れ衣をはらすべく屈辱と苦悶の日々を子ども達と味わってきました。お陰様で無罪が確定しました。 別件2件は検察庁とのバランスを取るような形で不当判決となりましたことが残念でなりません。 この長く重い年月の裁判の中,皆様には力強くご支援いただき,署名活動にも多大なるご協力をいただきましたこと,心より御礼申し上げます。

 私も社会に戻り早や3ヶ月が過ぎ,やっと日常生活にも慣れ,落ち着きを取り戻しつつ,過ごせるようになりました。今後は犠牲となった亡き夫の遺志を継ぎ,子ども達と力を合わせ心の通った温かい家庭をと考えています。

 これからの皆様のご活躍を心よりお祈り致します。本当に温かいご支援有難うございました。


 法廷では決して楽観できない経過をたどっていた「よみがえれ!・有明」訴訟で,佐賀地裁はまさに劇的に,国に「開門」を命じた。

 そこには,深刻な異変と被害が進行しつづける有明海を前にして,なすべき中長期開門調査に背を向け「諌早干拓のせいだというなら一〇〇%証明してみろ!」とでもいうかのように開き直ってきた農水省にたいする,裁判所の深い怒りがあるように思う。

 「もはや立証 妨害と同視できると言っても過言ではなく,訴訟上の信義則に反するものといわざるを得ない」と断じた判決は余程のことである。農水省は,みずから設置した 第三者委員会で提言され,学会からも,そして二〇〇四年に出された佐賀地裁の工事差し止めの仮処分決定はもちろん,その後の高裁,最高裁,公害等調整委員 会においても求められ続けてきた中長期開門に背を向けてきたのだから。

 それは,住民 不在の巨大開発事業の,非科学的・利権的本質に由来する国の根本姿勢への断罪であるだけに,たとえ国が控訴しようとも最早逃げることのできない国民的課題 であり,そうさせなければならない。税金をむだづかいし地球環境をこわす巨大開発主義から,環境再生型・保全型への根本的転換の時代をはじめるときであ る。

 福田総理や若林農木大臣は,いまこそ有明漁民と面談してその苦しみを受けとめ,海に生きてきた漁民たちの有明海再生への確信に耳を傾けるべきである。

 判決後,漁民 と干拓営農者との対立を描こうとする農水省や長崎県政の姿があらわだが,干拓農地の営農と有明海漁業の両立の道を真剣に探究してきたのは漁民・市民・研究 者の側である。代替水源確保の四つの提案は,他地域で国の事業としてなされている現実的なものであり,その具体化は大臣が指示すればすぐにできることだ。

 防災上の心配も,開門のやり方について,詳細な実験にもとづく研究者の科学的工夫の提言を受けとめて早急に具体化すべきである。

 一日も早い開門と有明海の再生を願う圧倒的世論をひろげ,すみやかな「開門」の政治決断を求めたい。

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