アメリカ視察のご報告 その2

2016年04月13日

福岡県弁護士会の会員弁護士向けの冊子にアメリカ視察について寄稿したものです(月報531号、平成28年4月1日発行分)。

 

アメリカとメキシコの国境で考えたこと

 

1 はじめに

2月8日から約3週間、アメリカ国務省の招待で「インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム(IVLP)」の一環として、難民を含む移民に対する支援の現状を視察してきました(「Supporting Immigrant Communities」)。プログラムの概要や私がなぜこのプログラムに参加することになったか、あるいは、私が体験してきたことについては、別の機会にぜひ会員の皆さまにもお話しさせていただきたいと思っています。

ただ、今回は、憲法リレーエッセイということで、これに関連して、アメリカとメキシコの国境を見に行ったときのことを簡単にご報告します。

 

アメリカ視察2_26742 メキシコとの「国境」

視察で最後に訪れたのが、サンディエゴ(カリフォルニア州)というメキシコ国境に近い都市でした。テーマに関連するため国境まで行くことになったのですが、島国日本に住む私にとって地図上で国境を見ることはあっても実在するものとして見たことはなく、まさに初体験でした。

たどり着いた「国境」は高く、長大な鉄製のフェンスでした。私が撮ってきた写真でもお分かりいただけるかもしれませんが、高さ約10メートルのフェンスが延々と続いていて、西端は海の中に入っていました。

フェンスの向こうはメンテナンスなどのために確保されているエリアで、その向こうにもう一つフェンスが建っています。手前のフェンス入り口のそばにいた国境警備隊の方が親切にも中に入れてくれ、もう一つのフェンスを見ました。こちらは、鋼鉄製の金網になっていて、編み目は僕の指でも小指の先が通るかというような小さな編み目でした。

その向こうがメキシコ(ティフアナという町)です。

私たちを案内してくれたのは、「Border Angels」という国境沿いで移民のための支援などをしている団体でボランティアとして活動するダーモット司教(Dermot Rodgers)でした。彼らが関わっているものとして、不幸にもアメリカとメキシコとで引き離されてしまった子どもとそのほかの家族とが、週末に数分だけ国境の扉を開けて触れあうことができるというイベントのことを教えてもらいました(英語ですが、このイベントについて紹介している報道を発見しましたので、短縮URLでご紹介しておきます。http://urx.mobi/sEff)。

アメリカ側の一帯は公園になっていますが(Border Field State Park)、一種の緩衝地帯とされているようです。公園を作ったのはニクソン大統領夫人、パット・ニクソンだそうです。その頃は鉄のロープ程度しかなく、その「国境」を超えてメキシコの人とパット氏が握手している写真も見ました。

 

3 「国境」を見て

実際に国境を見てとても空々しく感じました。海に目をやると、国境警備隊をからかうようにメキシコ側から海上を水上バイクで入ってくる若者がいました。国境そのものは私が目にした以上に長大で、数千㎞に達するのだそうです。私が視察に行った頃は予備選が始まったばかりで、国境をもっと高くすべきだという候補者(トランプ氏)の発言も聞くことができました。これほど巨大なものを一体どれだけ管理できるのかと思います。

人の移動の自由は、わが国憲法では居住・移転の自由として保障されており、経済的自由の一つに数えられてきました。ただ、芦部憲法によれば、身体の拘束を解く意義を持っているので、自由権の基礎とも言うべき人身の自由とも密接に関連し、また、広く知的な接触の機会を得るためにもこの自由が不可欠であるところから、この自由は精神的自由の要素をあわせもっているとされています。

経済政策によって人の移動の自由が制限されてしまうことには、「国境」の管理の無意味さからしても、人の移動の自由の価値の点からも疑問を感じます。わが国は、労働力人口の減少から移民へ門戸を開放しようとしていますが、すでに、アジア各国が同様の方向で舵を切っている中で、その門戸の向こうに移民の長蛇の列があるという目論見は誤っているのではないかと思います。

人の移動を制限することにどれほどの意味があるのか、人が移動することによって得られる極めて大きな財産を犠牲にしているのではないか、そんなことを考えさせられました。

 

弁護士 池上 遊

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