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事務所紹介

事務所概要

事務所の歴史

 事務所の創立

1966年,三浦久(当時35歳)が,労働問題などを闘う北九州の民主団体の強い要請に応え,戸畑区で法律事務所を開設しました。
その後,次々と発生する裁判闘争に対応するため,事務所は弁護士5名の共同事務所へと発展。1968年7月26日,「北九州第一法律事務所」としてスタートしました。

 裁判闘争への取り組み

創立から45年。北九州第一法律事務所には,通算45名を超える弁護士が在籍し,若さと熱意をもって,多様な事件に取り組んできました。
市立病院の一斉解雇事件をはじめとする多数の労働事件。わが国最大の食品公害事件であるカネミ油症事件。1990年代から社会問題化したクレサラ被害の救済。そして近年では,原子力発電所をなくすための闘争・・・。
北九州第一法律事務所は,常に権力と闘い,市民の皆様の生活と人権を守るための闘いを続けてきました。

 政治活動への取り組み

また,所員からは,三浦久(衆議院議員4期),仁比そうへい(参議員議員2期)という2名の衆議院議員、参議院議員が誕生しました。他にも,複数の弁護士が市長選へ出馬して市政の意義を問い,事務局長を市議会議員へ当選させるなど,全国の法律事務所でも類を見ない取り組みを行っています。
これらは「弁護士は裁判所で法律を使って人権を守るもの」という常識を超えた活動ですが,よりよい社会を実現するための事務所全体の活動と位置づけ,事務所一丸となって支援してきました。

 市民のみなさまと共に

北九州第一法律事務所は,これからも,「北九州市民のみなさまと共に」をスローガンに,基本的人権の擁護と社会正義の実現のために存在する事務所であり続けます。

所員一同

事務所綱領

    1. 私たちは,人が個人として尊重される社会をめざし,平和と民主主義をこの社会の中で実現するために活動する。
      私達は,あらゆる悪法とたたかい,市民の権利が侵害される場合には,広く市民と団結して権利擁護のためにたたかう。

      私たちは,北九州地域での自由法曹団の中核を担う事務所としての自覚を持って活動する。

      私たちは,日本国憲法の理念に則った政治の実現のために活動する。

    2. 私たちは,弁護士自治の重要性を自覚し,弁護士会活動に積極的に取り組む。
    3. 私たちは,誠実な法律事務の遂行に努め,常に学習し,研鑽を積む。
    4. 私たちは,事務所の民主的運営に心がけ,所員が生き甲斐を持って活動できる法律事務所を築き,その発展に不断の努力をする。
    5. 私たちは,以上の目的を実現するために,多くの弁護士を事務所に迎え,育て,送り出すとともに,共通の立場に立つ政党,団体,個人と連帯し協力する。
  1. 以上
    1. 2008年10月1日制定

年表

1966年1月 三浦久弁護士 戸畑区で法律事務所開設
1968年 北九州市立病院分限免職事件で北九州市職労と共闘
1968年7月 弁護士5名で北九州第一法律事務所開設
1969年5月 小倉北区田町に事務所移転
1970年11月 食品公害事件カネミ油症事件提訴
1972年12月 三浦久弁護士衆院選挙に立候補・初当選
1984年2月 原博道元事務局長北九州市議選初当選
1985年7月 金の架空取引の豊田商事で、財産保全のため社長のジェットセスナ差押
1985年12月 筑豊じん肺訴訟 提訴(2001年7月高裁での勝訴)
1989年7月 若戸大橋の通行料無料化裁判提訴
1991年 湾岸戦争への自衛隊機差止の仮処分申請
1996年6月 若松沖の白島石油備蓄基地の反対裁判提訴
1996年12月 公安警察が芦屋の青年にスパイ強要した事件で、損害賠償請求
1999年1月 小倉北区竪町に事務所移転
2000年9月 安川電機の思想による賃金差別事件の勝訴的和解
2001年5月 ハンセン事件勝訴
2003年4月 薬害肝炎訴訟提訴(2006年8月 地裁判決)
2004年4月 TOTO関連会社で起きた過労死事件の勝利的和解
2004年7月 仁比聰平弁護士参院選挙に立候補・初当選
2007年1月 小倉北区金田(現住所)に事務所移転
2008年11月 開設40周年記念レセプション
2009年10月 若松の青葉小学校での体罰自殺事件で勝訴
2010年6月 老齢加算廃止違憲訴訟 高裁勝訴
2010年9月 八幡東病院での爪のケア事件
2011年10月 九州建設アスベスト事件提訴
2012年 給費制廃止違憲活動
2012年1月 原発なくそう!九州玄海訴訟提訴
2013年 朝鮮高校就学支援金差別国賠訴訟
2013年7月 仁比聰平弁護士参院選再選
2018年11月 開設50周年記念レセプション