九州玄海訴訟を傍聴して

2012年10月16日

 去った9月21日,九州玄海訴訟の第2回裁判に参加してきました。とてもすがすがしい良いお天気でした。傍聴席の抽選が近くの公園で行われたので,前回のような雨でなくて助かりました。10倍以上の競争率でしたが,幸運なことに当選して一般傍聴人として法廷内に入ることができました。全く予想外のことで心は模擬法廷の会場に向かっていたため,心の準備ができないままに法廷へと誘導され,入りました。

この日は約250人が傍聴券に並び,入れたのはたったの20人程度でした。私自身原告なのに,一般傍聴席に座ることには少なからず違和感を覚えました。

第1回から弁護団が裁判所へ要求しているように,すべての原告が入ることが出来る広い法廷を用意してもらえたらどんなに良いかと思いました。 第1回の時のように厳重な警備でピリピリとした空気はなかったものの,やはり法廷に入る前には荷物検査があり,携帯電話は持ち込み禁止で預けなくてはなりません。報道関係者や弁護団には,そんな制限はないのになぜ?とここでも納得出来ない気持ちを持ちました。

 エレベーター待ちの時に前の女性が,「傍聴できることがうれしくて万歳したい気持ち」と言って実際に万歳をすると,すぐに職員の方が「法廷内ではしないように」と注意しました。「なんて厳しいの」と思わずつぶやいてしまいました。

 裁判の内容については「原発なくそう!九州玄海訴訟」のHPに近々載るそうなので詳しくは触れませんが,被告の九電も国もまともに対決するのを避けようとしている印象を受けました。というのは福島第一原発の事故について認否を求めたのに対して,必要ないとして認否しなかったからです。

 福島の事故についてしっかり検証し,事実を認めるところから始めなければ,他の原発の安全性など語れるはずもないことを,九電にも国にも,そして裁判所にも理解していただき,そこから今ある原発の危険性を考えれば廃炉にするしかないという結論にたどり着く。その長い闘いのほんの始まりの一歩を踏み出したばかりなのだと,被告の対応を見て改めて感じました。

 たしか報告集会でどなたかが「今すぐにでもすべての原発を止めたいのに,本当にもどかしい思いだ。」とおっしゃっていましたが,全く同感です。中には30年以上も前から原発の反対運動を続けてこられた方々もいて,その方々から見れば,「ようやくここまで来た」という思いもあるのでしょう。

 開廷後,原告の意見陳述がありました。玄海原発から18kmの唐津市で農場を経営されている方が地域循環型農業を長年行ってきた立場から,また,佐賀市の開業医の方が医師の立場から,福島から福岡県に家族を連れて避難してきた牧師の方は避難する際に,このまま死ぬかも知れない恐怖を感じた者として,それぞれの訴えをされました。

 最後に,福島から60kmの郡山市で被災され,現在も現地に住むフリーライターの方は,動けない病人を抱え避難しようにも出来ずにいた恐怖と,現在も続く静かな恐怖に触れたあと,「原発で失われたものは何より大切なふるさとです。私の一番の望みはもとの福島です。福島を返してください!」と大きな声で訴えました。心の底からの叫びでした。法廷にいたすべての人の心に突き刺さったことでしょう。彼女の意見陳述が終わった時,自然と拍手が沸き起こりました。裁判所も拍手を制止できませんでした。


私も他の多くの原告の方と同じく,「今原発を止めなければ,またなし崩しに再稼動され,後世に残してしまうことになる」という思いで原告になりました。今,長男が福岡市西区の西部に住んでいます。玄海原発で事故があったらと思うと不安でなりません。すでに玄海原発は老朽化していて非常に危険だと思うからです。

一人で出来ることは小さいですが,少しでも多くの人の思いが集まり,裁判所に届くように出来る限り裁判に参加していきたいと思っています。

平日の昼間なのでお仕事のある方は難しいですが,可能なかぎり裁判の日には集って行きましょう。そして原告一万人を目指して「原発いらない」の声をもっと大きく広げましょう。現在第5陣の提訴に向けて原告を募集中ですので,ぜひ加入をお願い致します。次回,第三回裁判期日は12月7日です。

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