姓について思うこと

2018年07月04日

夫婦別姓家族のありかたって、本当にいろいろです。離婚事件を扱うことが多い弁護士として、つくづくそう感じます。今回は夫婦の姓について、考えていることをまとめました。あくまで執筆者個人の意見です。

 

〇夫婦同姓を定めた日本の民法

ところで、日本の法律では、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」(民法750条)」と定められています。

つまり、結婚するときは夫婦で同じ姓にならなければならないと定められています。そして、現状夫婦の96%の人が夫の姓を名乗っています。結婚するときに女性が姓を変更することをほとんどの人が当たり前と思っているのが現状です。

でも、たとえば、結婚式を挙げなかったり、結婚指輪をつけなかったり、別居婚をしていたり、妻が働いて夫が家事をしていたり、夫婦のありかた、形ってそれぞれで、画一的なものはないはずです。同じように、結婚する場合の姓も夫婦の考えや状況に応じて選択できていいはずです。

 

〇夫婦同姓に関する最高裁判決

2015年12月、夫婦同姓を定めた民法750条は、両性の平等を定めた憲法24条や憲法14条の平等原則に反して違憲であるとして争われた訴訟で、最高裁はこの規定を合憲と判断しました。

個人的には、結婚を控えた検察官の友人とともにこの裁判に期待していました。というのも私も仕事上、旧姓を通称として使用しており、友人は仕事上旧姓使用を希望していたからです。弁護士は訴状で通称を使用できますが、検察官が提出する裁判文書(起訴状等)は、戸籍上の姓しか使用できなかったのです。

判決の多数意見は、夫婦の姓をこれは家族の呼称であるとして、家族が社会の構成単位としてうまく機能するために同じ姓にするのには合理性があるとしています。憲法は、一人ひとりの個人がまず大前提で、個人を大事にせよ(憲法13条)と言っているのに、判決は社会の構成単位を個人ではなく、家族と言っているのです。そもそも、個人が家族をつくっているんだから、家族の呼称よりも個人の呼称を尊重すべきでは…昨今のいきすぎた個人主義はいかんという空気を読んだのかしらと批判が浮かんでしまいます。

また、別姓を選べない不利益は、通称使用が広がることで、緩和されるとされています。しかし、そういう裁判所は、公文書に通称は使用できないし(後述しますが、後に変更されています)、反対意見にもあるように最高裁の裁判官の中にもそのような不利益や違和感を持っている人がいるというのが現実です。しかも、通称使用は、戸籍上の姓と通称の姓が違うことで種々の弊害は残ります。

多数意見への批判はいろいろと尽きませんが、希望もありました。15人の裁判官のうち、5人が反対意見を書いていることです。これほど、反対意見がついている最高裁判決も珍しく、やっぱり好ましい規定でないことは明らかです。

多数意見は、この問題を「国会で論じること」として、国会に投げました。でも、判決後の約2年間でこの問題が国会で本格的に議論される状況になっていません。結局、最高裁で合憲のお墨付きを与えてしまい、国会での議論は進んでいないのです。ただ、裁判所、検察庁では、旧姓使用を認めるという運用が始まったようです。今年最高裁判事に就任した宮崎裕子さんも旧姓を使用すると話題になりました。公務員の通称使用が広がることで、民間にも波及し、選択的夫婦別姓を認めてもいいのではないかという空気となり、法改正につながるという望みはありますが、なかなか簡単ではありません。

 

〇新しい訴訟

その状況にしびれを切らしてというべきか、今年の1月に新しい夫婦別姓訴訟が始まりました。この訴訟は、サイボウズの社長である青野氏が原告になり、女性の再婚禁止期間の違憲判決を一人で勝ち取った昨花弁護士が代理人となっていることで話題になっています。この裁判では、民法750条の規定を正面から違憲として訴えているわけではなく、戸籍法上、日本人同士の婚姻の場合だけ婚姻時に旧姓を名乗るという規定がないことが違憲であるとして争っています。(外国人と結婚した場合、民法上の姓は変わりませんが、戸籍法上、届け出をすれば結婚相手の氏を名乗れます。つまり、戸籍法上姓を選べる制度となっているのです。)

一方で、前回の夫婦別姓訴訟を担当した弁護団を中心に民法750条の違憲性を正面から問うあらたな訴訟も、今年の3月に提起されました。

 

〇家族の多様性を尊重すること

 この夫婦別姓の議論においては、実利的なものだけではなく、やはり家族の多様性について考える必要があると思います。戦後、日本は、家制度を廃止しました。しかし、家族単位で氏、戸籍を維持してきました。夫婦と子どもが同じ氏を名乗り家族の一体性を示し、夫が働き妻は家事育児をするという伝統的家族観というものが根強くあり、夫婦別姓を認めると家族の一体性が失われると考え夫婦別姓に反対する人たちがいるのも事実です。しかし、女性が結婚後も働くことが多くなり、非婚やひとり親世帯も多くなっている現在は、家族の形が多様化しています。家族は個人の集まりですから、個人が多様である以上、家族もまた多様な形があるのは当然です。国は「家族はこうあるべき」と決められません。国は家族の多様性を尊重しなければなりません。

自民党改憲草案の24条では、家族が社会の基礎的な単位となり、互いに助け合わなければならない義務があるとされています。国が行うべき福祉を家族の問題としておしつけ、個人の家族への埋没を望むようなこのような改正は、個人の多様性、家族の多様性を認める方向とは正反対のものです。夫婦別姓を認めることは、家族よりも個人の尊重に立ち返るという意味でそのような流れの歯止めともなりえます。今後もこの問題の動きに注目し、声をあげていきたいです。

弁護士  諸隈 美波

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