弁護士として・・・国会議員として・・・

2013年07月04日

nihi01

法律を活かし、弁護士として

 1994年、30歳で弁護士となり、北九州第一法律事務所に入所しました。  初日から労働事件で駆け回りました。特に、「新日鉄出向無効確認事件」や「福原学園配転無効訴訟」では労働組合の団結の大切さや労働契約のあるべき姿を 学びました。  貧困にあえぐ人を食い物にしたクレジット・サラ金被害の相談は5年間で1000件を超え、昼も夜もない活動が続きました。そのかたわら、市民オンブズマ ンを立ち上げて、北九州市の官官接待や天下り官僚の海外視察を追及し、市民から大きな反響がありました。  「よみがえれ!有明訴訟」やハンセン病問題など、法律をてこに、人権を守る闘いの先頭に立ちました。

国会を国民を守る主戦場に

 2004年参院選で初当選。1年目から豪雨災害の被災者支援に駆け回る毎日となりました。また、憲法9条をふみにじる戦争国家づくりを許さず、沖 縄や岩国、佐世保の米軍基地があるがゆえの苦しみ、広島・長崎の被爆者の叫びを胸に、論戦を続けました。  第1次安倍内閣で強行された「憲法改正国民投票法案」では、理を尽くした追及で提案者を答弁不可能に陥らせました。

苦難あるところどこへでも

 小泉構造改革の中、貧困と格差の問題を誰も否定できなくなりました。  企業の偽装請負や違法派遣をただし、派遣切りを阻止し、雇用を守ってきました。生活保護の不支給を国会で取り上げ、住居がなくても保護支給をするとの答 弁を引き出しました。  肝炎対策基本法実現の公約を投げ捨てようとした民主党を道理を示して説得し、原告とともに基本法成立をかちとりました。

何としても再び国会へ

 国会で違法を追及したマツダの「派遣切り」に対し、さる3月、山口地裁で派遣労働者を正社員と認める判決を勝ち取りました。また、国会でも追及し ていた、自営業者の児童手当を鳥取県が差し押さえた事件で今年3月、「正義に反する。児童手当は返還せよ」との勝利判決がでました。  普天間、辺野古、高江などの在沖米軍基地の問題。JAの皆さんとともにTPP反対の課題。「原発なくそう!九州玄海訴訟」など、まさにこれからです。  戦争ができる国つくりを狙う憲法改悪は何としても止めなければなりません。どうぞ、「憲法が生きる時代」を切り開く運動の先頭に立たせてください。よろ しくお願いします。

Comments are closed.