目隠しをされたままの議論

2013年10月30日

 検閲という制度をご存じでしょうか。憲法21条2項前段に,「検閲は,これをしてはならない。」とされ,検閲が禁じられています。検閲とは,「行政 権が,思想内容等の表現物の発表前にその内容を審査した上,不適当と認められるものの発表を禁止すること」を言います(最高裁大法廷 昭和59年12月12日判決)。検閲禁止は,国家が国民の思想的な活動にむやみに立ち入ってはならないという考え方に基づいて設けられました。  


 検閲禁止は憲法の平和主義にも関連します。第2次世界大戦中の日本には,国家機密のうち軍事機密を保護の対象とし,これらの探知,収集,漏えいを処 罰する軍事機密法がありました。また,悪名高い治安維持法という法律もありました。戦争へと向かう政府の政策に批判的な言論・執筆は,これらの法律により 政府から検閲を受け,出版を禁じられるなどの弾圧を受けました。戦争を行う体制にある国家では,言論統制は当たり前のことだったのです。

 その後日本国憲法は,戦争の放棄を定めました。戦争を放棄したのですから言論統制を行う必要もありません。したがって,検閲禁止を定める必要性すらないように思えます。それでもあえて検閲禁止を定めたのは,戦争放棄という理念を徹底しようとしたからではないでしょうか。  

 現在,安倍内閣は特定秘密保護法という法律の成立を目指しています。この法律は,

①「国の存立にとって重要な情報」を「特別秘密」に指定。
② 秘密を扱う人について,「適正評価制度」を導入。
③「特別秘密」を漏らした人を厳しく処罰

という内容を柱にしています。この法律によれば,自衛隊の装備に関する情報が「特別秘密」に指定され,取材をしようとする者も広く処罰されるおそれ があります。その結果,国民が議論を行うために必要な情報を得ることができなくなってしまいます。目隠しをされ,耳を塞がれたまま議論に臨まなければなら ないのです。軍事機密法の再来ともいえるこの法律は,日本が戦争を行うための体制作りの一部に思えてなりません。今,法律案の内容と成立に向かう動きを注 視し,反対の声を上げなければ,いずれ国の重要政策について,何も知らず,何も言えない日がやって来るでしょう。

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