貧困ってなんだろう

2019年09月10日

生活保護法1 みなさんご存じのように憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定しています。いわゆる生存権です。そして同条2項では「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」としています。

 この憲法25条は、第二次世界大戦の惨禍の下、国家の責任によって広がってしまった貧困を克服し、人間の尊厳を保障する責務が国家にあることを宣言したものです。

 つまり、国には、国民に対し「健康で文化的な水準の生活」を保障する義務があり、さらに「社会保障の向上及び増進」に努める義務があるのです。

 昨今の生活保護費の引下げは、この国に課された義務に反するものだというのが、生活保護基準引下げ訴訟における原告らの主張です。(現在福岡地裁で行われている生活保護費引下げ処分違憲訴訟は、平成25年の保護費の引下げの違憲性を問うています。)

 「健康で文化的な水準の生活」の基準となるのが、生活保護基準です。そして生活保護基準は、その時代における貧困概念がいかなるものであるかを離れて考察することはできません。そこで、今回は貧困概念の変遷を紹介し、昨今の生活保護費の引下げが、現代の貧困概念を下回っており、「健康で文化的な水準の生活」を保障できていないことを論じたいと思います。(※以下の内容は、訴訟で提出した書面に基づくものです。)

2 まず、「貧困」とは何でしょうか。貧困とは「あってはならない生活状態」のことを言います。この「あってはならない生活状態」は、社会情勢や時代とともに変わるものです。古くは「絶対的貧困」と理解されていたものが、時代の変化とともに「相対的貧困」として理解され、現代においては、「社会的排除」という新たな概念によって捉えられつつあります。るのです

3 ではまず、貧困とは何かを考えるために、貧困概念の歴史を紹介します。

 19世紀末頃、イギリスでは、貧困概念は、「絶対的貧困」と理解されてきました。具体的には、「その総収入によって肉体的能率を維持するために十分な栄養を得ることができない状態」です。要するに、食べていけないのであれば貧困だが、食べていけるのであれば貧困ではないという考えです。戦後日本の生活保護もこの絶対的貧困が支配していました。絶対的貧困が生まれた社会背景として、戦後不況の最中であること、多くの失業者がいたこと、社会保障制度も不十分で動物的生存に必要な栄養すら得られない人々が少なくなかったことが挙げられます。

4 戦後日本でも1948年から、生活保護基準について絶対的貧困に依拠した「マーケット・バスケット方式」が用いられていました。そして、いわゆる朝日訴訟が提訴されるなど極めて少額の保護費しか支給されていない状況でした。

5 その後、相対的貧困概念が誕生します。これは、「その社会で当たり前とされる生活ができないような経済的困窮」「通常社会で当然とみなされている生活様式、慣習、社会的活動から事実上締め出されている状態」を貧困ととらえるものです。日本では、1960年の「国民所得倍増計画」の中で次の様に宣言しています。「従来の保護基準は肉体的生存に必要不可欠の家計支出額を各費目について積算し、これを中心として算定されてきた。しかしながら、社会保障における最低生活は、一般社会生活の発展に対応してゆく相対的なものである。」「生活保護基準の算定方式を再検討し、これを相当に引き上げなければならない。」つまり、相対的貧困に基づく新たな保護基準による保護費の引き上げを宣言したのです。当時の日本社会は、高度経済成長による右肩当上がりの経済を迎え、人々の完全雇用の達成と、社会保障計画の充実という社会情勢があり、あってはならない生活状態に関する認識が変化し、相対的貧困概念が理解されるようになっていたのです。

 その後、相対的貧困概念のもとで、保護基準の底上げが試みられました。すなわち1961年から「エンゲル方式」を、1965年から「格差縮小方式」を、1973年から「水準均衡方式」が採用されるようになりました。各方式の詳細はここでは省略しますが、重要なことは、貧困概念が絶対的貧困から相対的貧困へと発展するのと連動して、我が国の保護基準も変わり、平均的世帯の生活水準に追いつくことを目的とする「格差縮小方式」や、追いついた後は均衡を図ることを目的とする「水準均衡方式」が採用されてきたということです。

6 その後、1980年頃から社会的排除という概念が誕生します。社会的排除とは、内閣府チームの報告書によるの定義によれば「物質的・金銭的欠如のみならず、居住、教育、保健、社会サービス、就労などの多次元の領域において個人が排除され、社会的交流や社会参加さえも拒まれ、徐々に社会の周縁に追いやられていくことを指す」としています。

 社会的排除概念が誕生した社会背景としては、①経済の低成長時代に入り、②非正規労働の増加等により完全雇用が達成されず、③長期失業者が増加し、④社会保障制度から排除されてしまう人々が増加し、⑤社会の孤立化が進んだことが挙げられます。その結果、あってはならない生活状態の概念に変化が生じ、社会的排除という概念が、理解されるようになったのです。

 そして、現在の日本では、この社会的排除が貧困としてすでに位置づけられています。内閣府や厚生労働省内の様々なチームが、社会的包摂に取り組む必要性、社会的排除の予防対策の重要性を示し、実際にそのための施策がとられてきました。安倍内閣が目指す1億総活躍社会にも、ソーシャルインクルージョンに取り組む姿勢を明確にしています

 日本が批准している各条約(世界人権宣言第27条、国際人権(A)規約第1条、女性差別撤廃条約前文等々)にも、「社会参加」「自己決定」の権利性の保障や、地域社会に完全に包括され、参加する理念を掲げています。

また、日本国内の社会福祉に関する様々な法律も同様に、社会的包摂を基本理念として、あらゆる人が社会参加することを権利として保障し、積極的に推進しようとしているのですます。

 このように、現代の日本では、条約・社会福祉に関する様々な法律から、社会的包摂やあらゆる人の社会参加を理念・権利としており、具体的な政府の政策・提言等においても社会的排除を貧困と位置付けています。つまり、現代日本における「貧困」(あってはならない生活状態)とは、社会的排除によって理解されているのです。

7 では、何をもって「社会的排除」であると判断すべきでしょうか。

 EU各国では、社会的排除の基準を策定し、社会的排除による貧困の状態を計測し、国の政策に活用しています。日本においても、生活保護基準部会委員でもある阿部彩教授らによる研究が進んでいます。を筆頭として・EU各国の研究を参考にして・社会的排除の指標の構築をしました。阿部委員は、基本的な衣食住が不足しているというこれまでの貧困指標に加え、以下のような指標を挙げています。「年金制度や医療保険制度等、様々な制度・社会サービスから排除されていること。親戚・友人との付き合いがない、頼れる人がいない等、人とのコミュニケーションや、社会関係が欠如していること。泊りがけの旅行や、外食、様々な社会活動等、レジャー・社会参加が欠如していること。」という指標を挙げています。

 もちろん、食事・衣服などの物質的なものも、社会との関わりで必要なものモノが求められます。例えば、礼服などが必要なのは、社会的排除の観点からは当然のことなのです。こうした欠如は、現代では貧困であると捉えられるのです。これらは、EU各国でもすでに共通認識になっているのです。

8 さらに、阿部彩委員ら6名の共同研究により、MIS(Minimum Income Standard=最低収入基準)手法による最低生活費の推計方法が報告されています。

 MIS手法は一般市民が、細かい議論を重ねた上で、最低生活を定義し、そこに含まれる具体的な財・サービスの内容・購入頻度等を決める方法で、最低生活費を算出します。その意味で、MISの手法により算出された結果は、一般市民の意思を色濃く反映していると言えます。このMIS調査で、一般市民らは、最低生活水準について「現代の日本における誰にでも最低限必要な基礎的生活は、衛生的、健康的であり、安心かつ安定して暮らせる生活を指す。そこには、衣食住のほか、必要な情報、人間関係、娯楽、適切な働き方、教育、将来への見通しなどを手に入れられる環境が整っていることが必要である。」と定義しました。この定義は、社会の中で、必要な情報や人間関係も含めて手に入れられる環境が整っていることを求めています。つまり、社会的排除と極めて整合的な定義でした。

 その上で、必要なサービスを列挙し、具体的な費目・費用等を議論して決定し、これを積み重ねて最低生活費を算出しました。結果は、東京都三鷹市に住むと想定した32歳の単身男性には・月額19万3810円、同じく32歳の単身女性では・月額18万3235円が必要であると結論付けられました。

 同じ生活保護基準1級地―1の月額最低費は・13万8839円であることに比べ、・5万円以上も足りていないことがわかりました。必要項目を積み重ねる方法それ自体は、マーケット・バスケット方式と似ていますが、社会的排除の観点が加わって最低生活費を算出すると、現在の生活保護水準は全く足りないということが判明したのです。

9 MIS手法以外にも、生活保護基準分会等で様々な手法による保護基準が議論されました。その他の手法でも、現在の保護水準には全く足りていません。つまり、現行の保護基準は、社会的排除の観点から遠く及ばないことはもちろん、様々な手法による測定によっても最低限度の生活を下回って設定されているのです。

 社会的排除の観点に立脚した基準はもちろん、そうではない手法による場合でも、現在の保護基準は最低生活費に全く足りていない状況なのであるのです。こうした状況にもかかわらず、国は、総額約760億円にも及ぶ引下げ(平成25年)を行いました。

 またあろうことか、昨年10月には、総額160億円規模のさらなる保護費削減を行いました。引き下げられた生活保護基準は、社会的排除概念に全く対応できていないだけでなく、肉体的生存の維持さえできていればよいという絶対的貧困概念に再び戻っていると言わざるを得ません。

 どうかお社会的排除という貧困概念を踏まえると、生活保護費の乱暴な引下げは、最低限保障されるべき絶対的な水準を割り込むものであり、生活保護受給者らはあってはならない生活状態を強いられているのです。

 今後も裁判は続きます。ご支援のほどよろしくお願いします。

                                      以上

 

~生活保護引下げ違憲訴訟意見陳述より~

弁護士 諸隈 美波

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