2008年新年号 政治は変えられる

2013年05月28日

事務所ニュース

北九州第一法律事務所では,季刊誌「HOKKYU」を年に2回発行しております。
ここでは,その中から抜粋した記事をご紹介いたします。

 参議院選挙で自公は大敗北をしました。その後,安倍首相は政権を投げ出し,福田政権が誕生しました。参議院の与野党逆転の影響が 政治でどう現れているのか,国会の場で直接その手応えを感じている仁比そうへい参議院議員,日本共産党の九州・沖縄比例ブロックの比例代表予定候補者とし て全県をかけめぐり,対政府交渉の先頭で奮闘されている田村貴昭さんと?木佳世子弁護士が座談会を行いました。 高木 あけましておめでとうございます。参議院選挙で示された国民の審判を受けて,いま国会は激動しています。 いつ総選挙があってもおかしくありません。総選挙では赤嶺さんとともに必ず元北九州市議の田村貴昭さんの議席を勝ち取らなければなりません。新年を迎える に当たっての決意をお二人から。

田村 そうですね。その前に仁比さんに質問を一つ。先日,法務委員会の傍聴で,志布志の警察署が選挙違反でっち 上げを行い国として対処してこなかったことが,仁比さんの質問で浮き彫りになった。弁護士の知識をもとにした追及に,仁比さんを国会に送って良かったと頼 もしく感じた。他党からもエールが寄せられていた。参議院選挙以後の国会の状況を聞かせてください。

志布志のえん罪事件と大石事件

仁比
 志布志と富山のえん罪事件はありとあらゆる違法が行われた権力犯罪です。これに対する検察・警察の検証が 極めて不十分だというのは,だれもが納得できる課題だけれど与党が多数のもとではそうならない。ところが新しい状況では,民主や社民だけでなく自民もそう だという感じで聞いていました。

田村 そうでした,そうでした。

志布志のえん罪事件と大石事件

公職選挙法弾圧の大石事件

 大石事件とは,平成15年に行われた大分県豊後高田市会議員選挙において,市会議員の大石忠昭さんが支持者宅に後援会ニュースを配布したことが公職選挙法に違反するとして,トップで当選した大石さんを警察等が逮捕,起訴した事件です。

 これに対して,この事件は警察による不当な弾圧であるとして,大石さんや支持者,弁護団は共同で闘ってきました。

 裁判では警察 は,交通取締りをしているときに,たまたま大石さんが後援会ニュースを配布しているのを発見したと述べましたが,第一審の大分地裁は判決で,警察官の供述 は信用できないとしました。しかし結論は,不当にも罰金15万円,公民権停止3年間というものでしたので,即日控訴しました。

 控訴審の継続 中である昨年2月,豊後高田市会議員選挙が行われ,大石さんは裁判で公民権停止が確定すると失職するという不利な状況でありましたが,再度トップ当選を果 たしました。そして九月に控訴審判決が出されましたが,「今後とも市議会議員として,地域社会に貢献させることの方が有権者の意向に沿うものと考えられ る」として公民権停止は付けられず,大石さんは今後も議員を続けられることとなりました。

 しかし,控訴審判決も,公職選挙法による選挙運動の規制は憲法や国際人権規約に違反しているという弁護団の主張を認めませんでしたので,即日上告しました。今後は最高裁での闘いとなります。引き続き皆さんのご支援をお願いいたします。

仁比 志布志のえん罪事件では,県警と検察が公判を維持していくための協議のなかでアリバイが成立することを十 分認識しながら何とかつじつまを合わせようとした協議の内容。そして警察が被疑者の留置場や取調室での様子,困惑し威圧されて嘘の自白をしていく様子がリ アルに書かれている取調べ小票。この二つを提出するよう要求をしたが,法務省も検察庁も出せないと言ってきた。従来だと与党は政府が出せないからと済ませ てきたが,今回は小票のひな型の提出を求めて,それを材料にして検討しようとなっています。

高木 すごいですね。やっぱり大きな変化が生まれていますね。

仁比 実現すれば,日本の刑事司法がかかえてきた大きな闇を白日の下に曝すことになり,取調べの可視化と国選弁護の充実などの制度改革に進んでいく可能性をはらんだ課題です。

高木 警察の無法といえば,大石事件もひどい事件ですね。

仁比 豊後高田市議の大石さんを尾行して公選法違反で逮捕・起訴した。

田村 一審では公民権停止をつけて議員の資格を奪おうとした。高裁で争っている最中の選挙で,前回以上の得票で 今度も大石さんがトップ当選。市民の意志が高裁を動かし公民権停止を外させた。やはり有権者の意志を無視できないのですね。国民の意志といえば,被災者の 再建支援法もできましたね。

仁比 民主党と与党が国会戦略として対決する時期があり,被災者や被災自治体からは政争の具にされたら困るとい う声が出た。そこで共産党は,被災者の一番切実な要求を実現するのが政治の役割だと民主党にも与党にもものを言い努力をした。そのなかで流れが変わり,新 聞は共産党が仲介役を果たしていると表現した。そして全会派一致で法改正することができました。

田村 さかのぼっての実現ですから良かったですね。市民パワーというか,国民の声が政治の流れを変えるというの は私も候補者活動を通じて毎日感じています。宮崎県議会の海外視察問題,日程も組んでパスポートも申請していざ行くぞと決まっていたのに,共産党の議員が 中止すべきだと議会で主張したら,テレビ討論会に発展し,地元紙に連日,投書が載り,ついに海外視察が中止になった。宮崎県民はみんな喜びました。まさに 県民パワー。これが隣の鹿児島県まで飛び火してここでも中止になりました。


C型肝炎とじん肺訴訟

高木 すばらしいですね,市民の声が政治を動かすなんて。私は薬害肝炎・C型肝炎の裁判を担当していますが,国と製薬会社が一緒になって隠蔽してきた責任を国が認めたことも大きいですね。これも被害者をはじめとした国民の声がそうさせたのでしょうね。

田村 動いていますね。原爆訴訟にしてもC肝にしても被災者再建支援法にしても国民の声ですかね。小泉・安倍政権のときは,いくら国民の声や運動があっても強行採決でねじ伏せてきた。やっぱり,参議院での与野党逆転というのは,天下がひっくり返るような形になりました。

仁比 じん肺では原告団が連戦連勝。勝利報告集会で挨拶しましたが,自民党議員も参加せざるを得なくなり,最後には一緒に「団結ガンバロウ」をしたのですよ。

命を重んじる国へ

・フィブリノゲン,クリスマシンーこれらは医薬品として国が承認し,医療現場で多くの国民に止血剤として投与されてきた薬です。しかし,その承認手 続きは,非常に杜撰な手続きであったため,実際にはC型肝炎ウイルスに感染する危険性が高い薬であったのに,医薬品として認められてしまったのです。

・これらの薬で多くの国民がC型肝炎に感染してしまったことについて,5つの地方裁判所で司法判断が出ました。

 4つの裁判所が原告勝訴の判決を下しましたが,国と製薬企業は控訴して争っています。

・原告の皆さんは,病の体を押して命がけで座り込みや,官邸前での行動,議員への面談を繰り返し行い,争うことを止め,薬害で多くの国民の命と人生を奪ったことを謝罪し,安心して治療が受けられる国作りを求めています。

 製薬企業の本社前で,本当に命を大切にする企業になって欲しいと訴えましたが,ブラインドを下ろして誰ひとり原告たちの前に出てきませんでした。

・福田首相は,国民の命を守るために全力を尽くすべきです。そして,裁判所も国民の命が1つ,また1つと尽きていくことを阻止するために全面解決への道筋をつける役割を全うするべきです。

 今後ともご支援を宜しくお願い致します。

教科書検定問題

田村 エェ,そうなんですか。仁比議員と行った沖縄の県民大会,十一万人以上が集まっていました。琉球新報と沖 縄タイムスが見開き二面を使っての大写真で報道しましたね。これも歴史の真実をゆがめてはならない,ウチナンチューもヤマトンチューも一緒だとの共同の広 がりができて,歴史の一ページを開いた大きな出来事じゃなかったのかなあと思います。

仁比 集団自決はなかったという検定意見は文科省の自作自演だったことを明らかにした共産党の論戦,赤嶺さんの 質問が大きな力を発揮した。だから「検定意見の撤回を」「歴史教科書の沖縄戦の誤った記述は許せない」という一致点で,地元では保守も革新も大同団結でき た。大会が終わってもまだ参加者が続々と集まっていた,すごい大会でした。

仁比 暮らしの問題でも,これまでの政治はもうごめんだと,自民党政治でない新しい政治をつくりたいという思いは,あふれていると思う。それに対して,国民の声や運動を恐れて大連立という話が起こった。一旦は頓挫したけど根は残っています。

田村 大連立の話が持ち上がって,国民のみんなが唖然としました。何のためにこの連立を持ち出したのか。一つは 消費税大増税がある。一つはアメリカからの海外派兵・恒久派兵の要求がある,これに抗しきれない民主党。自民党に政策が近かったのかと国民はがっかりし た。私も街頭で,聞きました「がっかりしたねー,何だ民主党は」「そうだったのか民主党は」。アメリカ言いなり大企業言いなりの政治に切り込むことができ るのは共産党だけです。

 共産党が市民と一緒に運動することがますます重要になっていますね。


北九州市の生活保護行政

仁比 北九州で言うと,毎年毎年餓死者・孤独死を生み出してしまった生活保護行政のゆがみを正す市民の皆さんの運動と共産党の奮闘というのは,特筆すべきものがありました。

高木 田村さんは市議の時,何度も議会で質問されていましたね。

田村 市長にも質問しました。各政令市の状況,例えば福岡市は毎年何十億円と増やす,そんなグラフを示して追及 したが,市長は何のことを言われているのかさっぱり分かりませんという顔をしていた。私は市議として北九州で一番生活困窮者が多い地域で活動してきたから 生活保護行政の問題だけは握って離しませんでした。仁比議員,県議会そして市議会,議会外での闘い,そして全国の支援もあった。法曹人も法的に追及してい く, 木弁護士はその先頭に立って頑張った。こうした総合的な運動が大きな成果となりました。

高木 少なくとも三人もの市民の命が犠牲になっており,遅すぎたという思いはありますが,今後二度と同じことが起きないように,しっかり保護行政を監視していきたい。これからが始まりだと思っています。

田村 最後まで私が心配したのは予算です。北九州市の保護予算は十五年間増やさなかった。今回初めて財政当局が来年は三十一億円増やすと判断したのは本当にホットした。市議のとき生活相談で多くの生活保護の相談を受けてきたので本当に良かったと思います。

仁比 僕も一緒に相談活動してきたんだけど,六時から始まって夜中の十一時までとか。

田村 終わってから,よくラーメン食いましたねー。仁比さんはチャーシュー麺が好きで。食べながらよく話しまし たね。生活保護問題は,国の方の動きもしっかりと見据えないといけない。福祉の総予算を減らしていくとか,加算を減らしていくとか,保護基準単価の切り下 げであるとか,それが地方政治に波及しないように。


反貧困と最低賃金引き上げの運動を

高木 最近,クレサラの集会で多重債務の最大の原因は貧困にある,だからクレサラ被害撲滅のためには反貧困の運動が不可欠だと言うことになり,反貧困の大きな動きに発展しようとしています。北九州での保護行政の改善を求める集会でも,反貧困の運動の重要性が確認されました。

仁比 サラ金のグレーゾーン廃止問題は一年前に大きな成果をあげました。これを実現させていく中で頑張ってきた 弁護士達が貧困という点に着目し,日弁連の昨年の人権擁護大会ではクレサラと生活保護問題がテーマとなる中で反貧困という大きな流れが確立した。こうした 動きは,政治を変える大きな力となっています。

田村 全国一斉に最低賃金も引き上げられました。参議院選挙で暑い中,汗を流しながら「最低賃金の引き上げを」 と頑張ったのは青年達でした。この青年の声は,時給千円以上との共同要求になったし,連合と全労連が歩調を合わせることになった。この声は確実に大きく なってきています。

仁比 二十代の若者が最低賃金での生活体験をして,対政府交渉に参加して厚生労働省の役人に「本当に暮らしてい けるのか自分でやってみろ」と迫って,役人が返答できずに困ってしまう場面もあった。若い医療関係者が,白衣で「医師・看護師を増やせ」という署名を集め て国会へ届け,なぜ自分が医療に携わるようになったのかの原点に立ち帰っての訴えをする。こうした若い人たちと一緒に共産党が躍進する時代を開きたいと最 近特に強く感じます。


一緒に頑張って政治を変えていきましょう!

田村 鹿児島でこんなことを言われました。「守屋前事務次官のような話を聞くとやるせない。財界は決して自分の フトコロは痛めないで済む仕組み,軍事費などの無駄遣いは消費税に転嫁して国民ばっかりいじめる,田村さんの話を聞いてよく分かった。」私はこうした話を 理解してもらえる人を毎日増やしていくことに楽しみと使命を感じています。

 昨年は三大選挙がありました。市長選,県知事・県議選そして参議院選と。悲しいかな北九州では大変厳しい結果だった。日本の政治を良くしなければ いけないし,北九州も良くなって欲しい,そのきざしが見えていることも分かっている,だから北九州の人たちにはもっと元気を出して欲しいし確信を持っても らいたい。一緒に頑張りましょう。

仁比 先日,三浦久元衆議院議員の喜寿を祝う会があり,三浦さんと一緒に政治に取り組んで七十年代の共産党の大 きな躍進に果たした先輩達がたくさん参加していた。その姿を見ながら,新しい政治状況の中での新しい闘いに,こうした人たちに負けない以上の活動をしなけ ればと決意を新たにしました。力を合わせて頑張りましょう。

高木 今日はお忙しい中,ありがとうございました。どんどんと政治が変わってきている,国民の力で政治を変えることができるのだということがよくわかりました。お二人とも健康に気をつけて頑張ってください。私も微力ながら応援します。  

 昨年十一月十六日,ホテルニュータガワで「三浦久・元衆議院議員の喜寿を祝う会」が行われました。

 当日は三浦さんご夫妻を含め二八五名の方々が参加され,盛大な祝う会となりました。

 会は,呼びかけ人の福岡四区後援会長だった高木健康弁護士の開会挨拶からはじまり,弁護士会北九州部会の田中政治郎部会長,仁比そうへい参議院議員,田村貴昭衆議院比例代表予定候補者が来賓挨拶,そして大迫素翠さんが黒田節を舞われました。

 三浦さんは「長い間,選挙,選挙でご苦労をおかけしたうえ喜寿の祝いまでしていただき,本当にありがとうございました。」とお礼の言葉を述べました。

 三浦さんといっしょに議員活動を行った小沢和秋さんの音頭で乾杯,その後,歓談となりました。 小選挙区制になってからは,小倉・門司と田川や行橋など旧福岡四区の方々が一堂に会するのは久しぶりで,それぞれのテーブルでの歓談はおおいに盛り上がっていました。


 こ の祝う会を記念するための小冊子の写真集は,三浦さんの三池闘争時の若々しい姿や北九州市長選挙での候補者活動,衆議院議員に初当選したときの陸橋まで埋 め尽くした喜びの支援者たちの集まりなど,懐かしいものばかりが納められています。写真集を見ながら当時を語り合う姿もあちこちで見受けられました。

 祝う会のフィナーレは北九州第一法律事務所の女性事務員による踊りで,元気で力強い演技に“おひねり”が投げ込まれました。

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