コラム~火災保険裁判を経験して
1 家財損害と民事訴訟法248条による「相当な損害」の認定
(1)問題の所在
ア 家財損害は意外に高額である
衣類や持ち物全部を全部につき同種・同等品購入しようとすると単身でも意外に高額になる。
例えば、保険会社各社がホームページやパンフレットで、必要な家財保険の保険金額の目安を示すために世帯主の年齢や世帯構成による家財額の目安を説明したものみると、中高年の大人2名と子供1~2名の家庭の家財総額が1500~1600万円程度であり、個人一人あたりの衣類を含めた家財についても中高年の女性であれば500万円程度(男性の方は300万円弱)の説明をしている保険会社もある。
損害保険料率算定機構が独自のアンケート結果と総務省等の各種調査に基づいて行った研究である「家財の地震被害予測手法に関する研究(その1)家財の所有・設置状況に関する調査」(平成19年11月)の「第Ⅳ章 家財の所有状況に関する調査・検討」166頁~167頁によれば、家族構成が3人で、世帯主の年齢が50代の場合には家財所有額は1355万円、60代の場合1478万円である。
このような家財が焼損等で失われたり使えなくなったりした場合に買い換えようとすると意外にお金がかかることになる。
場合によっては火災保険契約に付加された臨時費用の支払いでは不足する可能性がある。
イ 家財損害は立証が困難になりがちである
しかし、安易に高額の家財保険をかければ安心かというとそうではない。保険事故が起きて実際に請求しようとすると立証に困難が生じる可能性が高い。
実際に保険事故が起きたときには、大きな物や高額の物以外に細かく何がどれだけあったかわからないことが多い。当事者に分かっていても、第三者に物の特定や金額が証明できない。
通常は事故前に家財すべての写真をとっていることは考えられず、領収書も、保管していなかったり幸いに保管していたとしても火事で燃えて滅失していたりする可能性が高いからである。
(2)家財損害の立証方法
それでは、保険会社との訴訟になった場合、どうやって家財の損害を認定するだろうか?
ア 本来的な立証方法による場合
具体的な家財損害を1つ1つ立証して積み上げる方法が本来的な立証方法であり、事故直前の写真や直近の領収書があれば立証は容易になる。
写真や領収書がなくても、家電など大きな物は、例えば冷蔵庫であれば少なくとも家族の規模から標準的な大きさや個数(最低一台など)が推測できる。
例えば、価格ドットコムの平均値(できれば安い方)を主張すれば、少なくともその程度の損害は生じているはずと立証する方法であれば、相手方保険会社もより主張を受入れやすくなるはずである。
もっとも、衣類や着物、靴、着物、ささいな宝飾品等は、各々の時価はさほどではなくても全部を新たに買いそろえると意外に高額になるのに、個別に立証することは困難である。また、例えば家族の人数分以上の高級羽布団を購入してから長期間押し入れに放置していて損傷した場合は、事故前にどの程度の品物が何枚あったか立証するのはより一層困難である。
イ 民事訴訟法248条による認定を求める方法
このように具体的な損害額の立証が難しい場合でも損害の発生が認められる場合には相当な損害額を裁判所が認定することができるが、これについて規定しているのが民事訴訟法248条である。
(3)民事訴訟法248条
ア 条文には、「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。」とある。
イ 民事訴訟法248条が適用された判例の例
① 被害者の砕石権侵害の事例(最高裁平成20年6月10日 判例タイムズ1316号142頁)
② 特許権を目的とする質権を取得できなかった事例(最高裁平成18年1月24日 判例タイムズ1205号153頁)
③ 火災保険請求の事例~什器・備品の損害(福岡高等裁判所平成15年12月25日)
④ 残置動産類を違法に廃棄されたことによる損害の事例(東京地方裁判所平成14年4月22日 判例時報1801号97頁)
⑤ 火災による動産滅失の事例(東京地方裁判所平成11年8月31日 判例タイムズ1013号36頁)
⑥ マンションを建設した者が租税特別措置法による減税措置を受けられずに被った損害(東京高等裁判所平成10年4月22日 判例タイムズ1003号220頁)
⑦ 高層リゾートマンションの建築ができなくなった事例(東京高等裁判所平成13年7月16日 判例タイムズ1087号139頁)
ウ 論文「民事手続判例研究」(福岡民事訴訟判例研究会)(「法政研究」73巻4号173~183頁2007年2月(九州大学))
この論文は、上記2イ②で述べた、特許権を目的とする質権を取得できなかった事例(最高裁平成18年1月24日)の判例評釈であり、民事訴訟法248条による損害額の認定についての学説と判例の状況を述べた上で本判決の評価と射程を論じている。また、注釈には、民事訴訟法248条関係の複数の論文が掲載されている。
(ア) 火災の場合の家財の算定方法について、828頁には「性質上証明が困難な場合が考えられる。たとえば火災で焼失した家財道具の算定などがこれに含まれ、このような場合には、一般的な基準を用いて大枠において損害額が算定される。」とある。
(イ) 832頁の注記中では、「加藤『前揚(註八)』一〇四頁。加藤説は、消失家財道具の算定について、本来的証明法があるが、それによる立証を求めることが社会的に相当でないことから、損害額を基礎付ける事実を立証の容易なものに変更して、損害保険会社の基準とするモデル家庭の家財道具の価格をもって損害額を算定しているのであり」との記載が見られる。
エ そこで、例えば、保険会社各社がホームページなどに掲載した、世帯主の年齢や世帯構成員の人数などを加味したモデル家庭の標準的な家財道具の総額を証拠提出して意外に家財価格が大きいことを立証して、家財損害についての具体的な主張が決して過大な保険金請求ではないことを示すと共に、少なくとも〇〇万円程度の損害はあるはずであると主張して、裁判官が心証を得て民事訴訟法248条による認定をしやすくするという立証方法が考えられる。
「重過失免責」とは?
(1)保険約款上の重過失概念
論文「自動車事故と重過失免責」(判例タイムズ№1269 65~67頁)によれば、保険上の重過失概念については下級審判例の多数は保険約款上の重過失の意味を通常の重過失の意味にとらえているとのことである。
すなわち、最高裁昭和57年7月15日判決と同様に、商法641条及び829条にいう重過失と同趣旨、すなわち「通常人に要求される程度の相当な注意をしていれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然とこれを見過ごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すもの(最高裁昭和32年7月9日判決、大判大2年12月20日判決)と解しているとのことである。
(2)火災事故の重過失認定判例
上記に論文中の裁判例リスト(判例タイムズ№126974頁、79頁以下)に掲載された、火災事故で保険約款上の重過失が争点になった判例は次のとおりであり、これらの判例のうち重過失をみとめた判例をみると、いずれも火災の発生が十分に予見可能であるとみとめられる事案であるといえる。
① 東京高等裁判所昭和59年10月15日判決(判例タイムズ№540)
狭い物置の段ボール箱の中にタバコを故意に放置しており、出火について重過失をみとめた。
② 津地方裁判所伊勢支部平成1年12月27日判決(判例タイムズ№731)
火災の4ヶ月前から漏電を疑って再三調査を依頼し、漏電の可能性を指摘されて回線修理と不在時のブレーカー切断の指導を受けていながら、回線修理をせずに関係のないブレーカーのスイッチを切っていただけであるので、漏電による火災発生を未然に防止する手だてを何らつくしていなかったとして重過失を認めた。
③ 東京高等裁判所平成4年12月25日判決(判例タイムズ№858)
居間の暖炉とガスストーブの火を消さずに外出しても、比較的短時間で戻ってくるような場合ストーブをつけたままにしておく程度のことはありがちなことであるし、暖炉の薪はほとんど燃え尽きていたこと、火元近くに特に引火しやすい物がおかれていたとも認められないとして重過失を認めなかった。
④ 仙台地方裁判所平成7年8月31日判決(判例タイムズ№896)
火災発生前夜特に格別の用件もないのに洋品店内に入って、石油ストーブに点火し、その20㎝という距離に発火しやすい洋服のかかった吊り台を放置したまま立ち去っていることから重過失を認めた。
⑤ 福島地方裁判所会津若松支部平成8年3月26日判決(判例タイムズ№918)
建物の西側に大型の石油タンクが設置されているのに、無施錠のまま3ヶ月も空家のまま放置したことか、または放火目的のある犯人が鍵を所持しており鍵の管理が不十分であったことについて重過失を認めた。
⑥ 東京高等裁判所平成10年4月23日判決(判例タイムズ№1032)
火災の発生を認識あるいは予見していたにもかかわらず、その発生の防止のための措置を何ら採らずに、室内に竹製品や段ボール等の燃えやすい素材がおかれているのをそのまま放置して外出したものであることを理由に重過失が認められた。
⑦ 熊本地方裁判所平成11年3月17日判決(判例タイムズ№1042)
建物の火災について、右建物を管理・使用していた保険契約者の友人等に重過失がみとめられた事件であるが、火気が和室内に残っており、退出後は無人となり、火気管理者が深夜に長時間不在となる上、灰皿に吸い殻と油の付着したティッシュペーパーが満杯であって、周囲に燃えやすい発砲スチロールの皿が存し、発火する危険性のある状況であり、その近くにこたつ布団等の可燃物や、プロパンガスのボンベ等の危険物も残置されていたので、退出時に可燃物や危険物を取り片付けて、灰皿の火気も含めて消火を十分に確認するなど殊更に火災を生じないようにするべきであったのに放置して漫然と退出していることを理由に重過失を認めたものである。
⑨ 名古屋地方裁判所平成15年1月29日判決(判例タイムズ№1133)
店舗総合保険契約が締結されたパチンコ店の火災事件であるが、通用口のドアがこじ開けられていることや、自動火災報知設備の電源が切れていること、及び電話回線を復旧しないと警備のセンサーが作動しないことを告げられて、警察への通報を進められたにも拘わらず、直ちに現場にかけつけたり、警察に通報しなかったりしたことについて、事故当時の状況からして通常あり得ない行為であるとまでいうことができないことを理由に重過失が認められなかった。
⑩ 東京地方裁判所平成15年6月23日判決(判例タイムズ№1141)
たばこの不始末による火災事件であるが、たばこの火を消した認識があったことや、一般に燃えにくいとされる革製品があって、その上にたばこの火がこぼれ落ち、3~4時間にわたって無炎燃焼を続けた上に出火したという一般的に想定しにくい内容であったことから、わずかの注意をすれば予見できたのに見過ごしたとはいえないとして、重過失を認めなかった。
⑪ 広島高等裁判所平成17年1月18日判決(判例タイムズ№1196)
病理的な精神状態にある18歳の長男による自宅放火事件であり、事件前にも室内でマッチを使用して燃やすなどの行為に出ていたという事情がある。
医師の指導助言に従っていたこと、衝動的な行動に及ぶ性格のある長男がその日のうちに放火行為に及んでいないので火災前の行為と事件を関連づけられないこと、主として長男の病理的な精神状態に起因する放火行為であること理由に、親の重過失を認めなかった。
火災保険の「被災」面積とは?
(1)「被災」面積とは?
住宅の延床面積に対する「被災」面積が例えば80%以上で全焼扱いとする火災保険契約の場合には、「被災」した延床面積が80%以上にあたると評価されれば、具体的な修補額の争いや家財の具体的な損害立証をしなくても保険金全額が支払われる。
そこで、「被災」面積の「被災」の原因や程度はどのようなものかが問題となる。
(2)損傷類型ごとの検討
損傷類型ごとの検討によれば一般には次のように分類される。
しかし、一部でも「被災」の範囲に含まれるからといって、その部分を含む部屋全体が必ずしも「被災」面積に含まれると処理されるわけではない。
従って、部分損の事例では事案によっては「被災」面積が70%にのぼるかどうかが大きな争点となりうる。
① 熱による炭化・変性・溶解:「被災」範囲に含まれる。
② 消火活動による破壊:「被災」範囲に含まれる。
③ 消防冠水:「被災」範囲に含まれるかどうかは程度による。
例えば、「本来の使用目的に支障が生じた状態で、かつ全体的な損害状況を踏まえ、当該箇所の強度、外観、機能等の要素を考慮して、被災面積に含めるか判断する。」単なる煤汚れなどの汚損は清掃で足りるので「被災」範囲に含まれない。
(3)消防署作成の「火災調査報告書」との関係
なお、消防法に基づく火災調査において、湯河原町では、「焼き損害」とは「火災によって焼けた物、熱によって炭化、溶解又は破損した物等の損害」を指し、「消火損害」とは「消火活動によって受けた水損、破損、汚損等の損害」を指すとされている(湯河原町消防訓令第1号『火災等調査規定』第5条第3項)。
消火活動による破損等を含むかどうかという点で、火災保険における被災面積の判断と消防署作成の「火災調査報告書」に記載された「焼損面積」は必ずしも一致しない。
火災保険事故では火災調査報告書が重要な証拠になるが、「被災」面積を確認する場合には注意が必要である。
最後に火災保険訴訟に役立つホームページや文献を紹介する。
(1)独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE:ナイト)
ナイトはこれまでに原因究明を行った製品事故の調査結果をデータベース化しており、ナイトのホームページで事故情報の検索をして、類例調査の参考にすることができる。
(2)東京消防庁「火災の実態」(毎年発行)
事例報告がのっており、類例調査の参考になりうる。
近年発行されたものは東京消防庁のホームページの電子図書館でも確認できる。
(3)公益財団法人東京防災救急協会
①「火災原因調査~主任調査官からの報告」
事例報告がのっており、類例調査の参考になりうる。
②「新火災調査教本」(第1巻~第8巻)(東京消防庁監修)
火災調査の進め方、調査報告書等作成方法、見聞ポイント、類型(化学火災、燃焼機器火災、電気火災、車両火災)ごとの基本知識と実験及び火災事例の紹介が説明されており、類例調査や事故の偶然性立証の参考になりうる。