雇用契約・就業規則・労働協約
労働条件は、就労を始めるにあたって、もっとも関心の高い事項といえるでしょう。また働き始めてから労働条件がかわると就業環境に大きな影響を与える可能性があり、労働条件は労働者にとっては常に関心の高い事項と言えます。そして、労働条件は、労働契約、労働協約、就業規則によって決められます。以下でそれぞれがどのようなものか解説します。
【労働契約】
・労働契約とは
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを合意することで成立します。(労働契約法(以下「労契法」と言います。)6条)
労働条件は、労働者と使用者との個別的な合意(労働契約)によって定められるのが原則ですが、両者で合意すればなんでも決めていいというわけではありません。
法令に反する内容や、労働協約に反する内容、就業規則に反する内容はたとえ当事者で合意したとしても無効です。たとえば変形労働制でもないのに、1日の労働時間を10時間とするなど労働基準法に定める基準に反する労働条件を定めた場合、その部分は無効となり、無効となった部分は労働基準法で定める基準(この例でいえば1日の労働時間は8時間)によることになります。(労働基準法、(以下、「労基法」と言います。)13条)
・労働契約締結における原則
また、労働契約締結について、労働契約法では以下の5つの原則を定めています。
①労使対等決定の原則(労契法3条1項)
契約は対等な立場で締結されるべきですが、現実には労働者と使用者が対等でないことを踏まえ、法律に規定されたものです。
②均等考慮の原則(労契法3条2項)
就業実態に応じ、他の労働者とのバランス(正規雇用と非正規雇用等)を考慮すべきことを定めた原則です。
③ワークライフバランスの原則(労契法3条3項)
仕事と生活の調和に対する配慮を定めた原則です。
④信義則の原則 (労契法3条4項)
⑤権利濫用の禁止 (労契法3条5項)
・労働条件明示義務
そして、使用者は労働契約締結に際して、労働者に対して、賃金・労働時間その他の労働条件を明示する義務があり、下記の5つについては書面による明示が義務付けられています。
ア 労働契約の期間に関する事項
イ 就業の場所・従事する業務の内容
ウ 労働時間に関する事項(始業・就業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、就業時転換に関する事項)
エ 賃金に関する事項(退職金・随時に支払われる賃金を除く賃金についてその決定、計算・支払いの方法、締め切り・支払いの時期に関する事項)
オ 退職に関する事項
労働契約は、個々の労働者の権利や労働条件を定める重要なものですので、できるだけ、書面による提示を求めたほうがよいでしょう。労働契約法では、労働契約の内容についてできる限り書面により確認するものとされています(労契法4条2項)。
【労働協約】
・労働協約とは
労働協約とは、労働組合と使用者との間の契約のことで、労働条件その他に関する事項が定められたものです。組合員の賃金、労働時間、休日、休暇などの労働条件や団体交渉のルール、組合活動等の事項の取決めを書面にして、労働組合と使用者が署名することで効力が生じます。
・労働協約のメリット
労働協約の適用を受ける場合、労働協約に定める労働条件に関する基準に違反する労働契約の部分は無効となり、無効となった部分は労働協約の定める基準によることになります。労働契約に定めがない部分についても同様です。(労働組合法(以下、「労組法」と言います)16条)
この労働協約は、労働者にとっては、上記のとおり労働契約締結にあたり労使対等の原則が定められていますが、現実には労働者と使用者の一対一の関係では、どうしても労働者の立場が弱いため、労働組合という集団の力で使用者と対等の立場で労働条件を決定、改善していくことができるというメリットがあります。また、使用者にとっても、労働協約の有効期間中は労使関係が安定することになるので、メリットがあると言えます。
・労働協約の一般的拘束力
労働協約は、原則として、その労働協約を結んだ組合及びその組合に加入している労働者との間でのみ効力があります。
例外として、一の工場事業場に常時使用される労働者の4分の3以上の労働者が加入する労働組合が労働協約を締結したときは、当該工場事業場に使用される同種の非組合員である労働者に関しても、その労働協約が適用されます。(労組法17条、労働協約の一般的拘束力)
・労使協定との違い
労使協定は、使用者と過半数の労働者からなる労働組合、または、そのような労働組合がない場合は使用者と過半数の労働者代表が取り決めるという意味では、労働協約と似ています。しかし、労使協定では、労働協約や就業規則では認められていない、労働基準法の許容範囲を超える内容を取り決めることが可能です。もっとも、その種類は労働基準法で定められています。
よく聞く「36協定」は、労使協定の一つで、これを使用者と労働者の代表で締結すれば、労働基準法36条で規定されている労働時間の原則(1日8時間、1週40時間)では認められていない、時間外労働や休日労働が、労使協定の範囲内で認められます。
就業し始めるにおいては、職場に大きな労働組合があるのか、労働協約が締結されているのか、どういう内容で締結されているのかなどを確認するとよいでしょう。
【就業規則】
・就業規則とは
就業規則とは、常時10人以上の従業員を使用する使用者が定めなければならない規定で、職場のルールや労働条件に関わる内容が定められたものです。該当する使用者は就業規則を定め、所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません(労基法89条)
就業規則では、労働時間、賃金、退職についての定めは必ず記載しなければなりません。その他は、使用者において任意に規定することができ、採用、異動、休暇、各種手当、賞与、服務規律、安全衛生関係等を定めることが多いです。
就業規則は、労働契約や労働協約と異なり、労働者や組合の合意が必要なく使用者が定めるものですが、就業規則を労基署に届ける際に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、過半数で組織する労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を記し、その者の署名又は記名押印のある書面(意見書)を添付することとされています(労基法90条)。就業規則を変更するにあたっても同様です。
・就業規則の効果
労働契約で個別合意がなされなかった労働条件については、①就業規則に定められた労働条件が合理的で、②使用者がその就業規則を労働者に周知させていた場合には就業規則が定める労働条件が労働契約の内容となります(労契法7条本文)。ただし、個別の労働契約で、就業規則で定められた労働条件よりも労働者にとって有利な合意(特約)をした場合には、その特約が就業規則の定めよりも優先します(同条但書)。その一方、就業規則で定める労働条件よりも労働者にとって不利益な合意をしても、そのような合意は無効とされ、無効とされた部分は就業規則が定める基準によることになります。
最後に
労働条件は、個別の労働契約、労働協約、就業規則によって決められます。働き始めるにあたっては、ご自身の労働条件をきちんと確認しておきましょう。しかし、「労働条件をはっきりしめされたことなんてない」と言われる方も多いです。
後日争いにならないように、就労し始めるにあたっては労働条件の明示を求めましょう。上記述べたように、使用者は労働契約締結に際して、労働者に対し、賃金・労働時間等の労働条件を明示する義務があり、重要な事項は書面による明示が義務付けられています。また、使用者には、労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにという理解促進義務も法律で定められています(労契法4条1項)。
これらの規定を根拠に使用者に労働条件の明示を求め、ご自身の労働条件を理解し、安心して働けるようにしてください。